心和む記事への期待

4/21付けの静岡新聞に記者が書く「清流」の欄の掲載記事です。
<「新聞も良いニュースだけなら、みんな幸せになれるのに」。小学校を取材した際に話題に上った言葉が心に残った。先日、心温まる記事のエピソードが載った「ハッピー新聞」の取材をしたばかりだからだ。
 
確かに幸せなニュースしかない世の中になってほしい。だが、現実は違う。悲惨な事件、事故を取材するたびに「なかったことにはできない」と気持ちを引き締めている。「事実を伝えなければいけない」。食事の席で上司に言われた何気ない言葉の重さを感じる。一方で、人の心を和ますことができる記事を持っている読者がいることも忘れないでいたい。>
 小学生の正直な気持ちはもっともです。大人だって、そう願っていますから。
 この記事を書いた記者のような方に、基本を忘れないでほしいですね。

 ここのところ、嫌な事件や事故ばかりです。とりわけ中学生殺人について、容疑者の人権は守られますが、被害者の人権はいかがでしょうか?被害者の顔写真(年齢などの詳細も含めて)、関係者への執拗な取材、報道(とりわけTV)が毎日されることが本当に事実を伝えるのに必要でしょうか。
捜査を静かに見守ることがなぜできないのでしょうか。被害者のご家族や関係者のお気持ちを察すると、とても言葉にはできません。
 わが国は、加害者への人権配慮を十分にしているのに対し、法律ができたとはいえ、被害者の人権はとてもお粗末です。そう思いませんか?


この記事へのコメント
TV与える影響は大きいです。いいことばかり流すテレビが あってもいいと思います。これからの子供たちを健全な放送で洗脳していくのです。これからは報道規制をするときです。日本の存亡をかけてやるべきです。子供達がどこに流れていってしますか不安です。
Posted by ひかるちゃん at 2006年04月24日 19:44
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